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GOLBEZA ゴルベーザ

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In the Story

セシル=ハーヴィ追放後の『赤い翼』指揮官としてバロン王が招いたのが「黒き甲冑」ゴルベーザだった。
セシルが王命によりミシディアより奪取した「水のクリスタル」の他にダムシアンの「火のクリスタル」、ファブールの「風のクリスタル」、トロイアの「土のクリスタル」を集めんとするバロン王の意に従っているかのように見えるゴルベーザだが、実際はバロン王こそが彼の傀儡であり、更に言えば本当のバロン王は彼の配下の者に既に暗殺されていたのである。 土のスカルミリョーネ 、水のカイナッツォ、風のバルバリシア、火のルビカンテからなる四天王を配下に従える強大な魔力の持ち主であり、本人でさえ気付かぬ心の闇を増幅し呪縛する術さえ操る。
しかし、彼自身もまた呪縛され、過去の記憶を封じられた人間である。その呪縛は聖なる光を目にした時に一度は揺らぐが、封じられた記憶は瞬く間に再び沈んでしまう。その呪縛が解けた時、最初に感じたのは「何故私はあんなにも憎しみに囚われていたのだろう…」という思いだった。

私見として

年令だけは昔『ファミ通』でのスタッフインタビューの際に発言されたそうで、一応正式設定です。

正気を取り戻した時、彼は「私自身が決着をつける」と死を覚悟した上でゼムスの所へ向かいます。「ゼムスを倒す」でなく「決着をつける」ために。ゼムスと相討ちになれば、元凶を消し去り、青き星に直接手出しした「黒き甲冑」をも消し去る事ができる。
「‥‥許してくれるはずもないか」という発言から解るように、彼は彼自身を罪人と見なし、しかもその罪は(ゼムスを倒した後でさえ)償いきれない物と考えています。…死を「覚悟」していたというよりは「望んで」いたのでは、と思ってしまう場面です。
ただ、もし本当にそう考えていたとしたら、それこそが弟との最大の違いでしょう。「負けるわけにはいかない」と立ち上がる弟には仲間と守るべき人達がいて、兄には誰もいない…。「許されるわけはない」という台詞についても同様です。セシルはリディアにそう言った後、それでもせめてと守る事を誓い、ゴルベーザはそう言った後、自らを罰するように故郷を捨てる。

私がFF IVで最も好きな場面はエンディングで彼と別れる辺りですが「私はあれだけの事をしたのだから戻れない」という判断はどうなのか。 前々から考えていたのですが2つの見解があると思います。1つは「罪を償わず逃げた」という考え、もう1つは「唯一の肉親と故郷の大地の両方から別れる事自体が彼にとっては大きな罰になる」という考え。
去っていく彼を止めなかったのは、彼が地上に戻れば彼自身も周囲も苦しむであろう事が判っていたからでしょうが、それ以上に止めてはいけないと直感的に「感じて」くれていたとしたら、どこかでつながっているという事だけで彼には救いになるのかな、とか。

それにしても、せっかくゼムスの呪縛が解けたってのにラストバトル直前時のHPが2943で固定されているのは「にくしみ」の語呂合わせだとかいう話がありますな。囚われてしまっていたのでしょうか。正気に戻っても、戻ったからこそ、ゼムスへの(又は自分自身への)憎しみに。「暗黒の道を歩んだお前がクリスタルを使おうが輝きは戻らぬ」…辛いよね。

そういえば、敵として対峙する時の彼は聖なる力と炎が弱点ですよね。アレには意味があるんじゃないかと思っています。まず聖なる力についてですが、彼が正気に戻った時の事を考えると聖なる力はゼムスの呪縛を砕くものなのではないかと。で、炎は…黒づくめだから暑さに弱い!!(笑)…というのはタチの悪い冗談ですが、子供の時のトラウマなんじゃないかな〜と。これはもう創作の域ですけど、例えば誰かに狙われて火を放たれたとか、肉親が炎で果てたとか、ね………。


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